| History of KOIBITO MISAKI 恋人岬ヒストリー | |
| ページ@ 土肥金山が最盛期だった遠い昔のこと。土肥屋形(といやかた)の集落(現在花時計のあるあたり)に、福太郎という漁師があった。福太郎は年老いた両親を抱え、小舟で朝夕漁に出ていた。 一方、小下田(こしもだ)の米崎(こめざき)という集落には、およねという娘があった。およねもまた年老いた両親に代わり小さな畑を耕して細々と暮らして立てていた。 福太郎とおよねは土肥の朝市で出会い、たちまち恋におちた。 しかし福太郎の住む土肥の村から、およねの住む米崎までの道のりは遠く、険しく、互いに老いた親を抱える身でもあったので、二人が度々逢うことはかなわなかった。 福太郎に出逢って以来、およねは毎朝近くの神社に詣でて願いをかけた。雨の日も、風の日も、きっと福太郎と結ばれますようにと、およねは願い続けた。そんなある日、いつものように願いをかけていると、どこからともなく声が聞こえてきた。 |
ページA 「およねや。今ここにふたつの鐘を授ける。福太郎と一つずつ持ち、互いの愛を伝え合うがよい。」 驚いたおよねが目を開けると、そこにはふたつの鐘が置かれていた。神様の声に違いないと思ったおよねは、その鐘を大事にかかえて福太郎のもとへと向かった。 福太郎はおよねの話を何ひとつ疑うことなく聞いて鐘を受け取り、漁に使う小舟のへさきに取り付けた。 朝と夕、福太郎はおよねのいる米崎沖を通って黄金崎まで漁に出ていたので、およねは毎日その時分になると、海を見渡せる岬に立って、授かりものの鐘を三度鳴らした。それにこたえて福太郎もへさきの鐘を三度ならした。逢いたくても逢えない二人は、このようにして互いの愛を伝え合った。視界の悪い霧の日には、およねの鐘が灯台の役目をして福太郎の命を救ったこともあったという。 いつしか二人の恋物語は米崎の村人の間でも評判となっていた。それから二人は、村人の協力もあってついには結ばれ、仲睦まじく、いつまでも幸せに暮らしたという。 |